7日目:死ぬほどうまいというやつ

バルセロナ→(アンドラ)→リヨン(フランス)・728km・晴れ・10~28℃

結局、昨日は何時に帰ってきんだっけ?
どうも5:30に目覚しをセットしたようだが、体が反応できてない。
船旅の休養明けなのに、今日はのんびりコースになってしまうかもしれない。。

軽く朝食を済ませ、昨日行けなかったサグラダファミリアへ。
開門前なのにもう客が並んでいる。でも、その価値あるか~?
未完成であるということに意義があるのか。。
なにより、大きいという固定観念のせいで、思いのほか小さく見えたのがイタイ。


昨日の大渋滞からは考えられないくらい、バルセロナの通りはガラガラだった。
今日は日曜日か。。わざわざタクシーで来るまでもなく、バイクで通りすがりに見れば十分だった。。

期待するのは自分の勝手ながら、なんとも自分の旅にミスがあったようにも感じる。
あの牛踊りでフィーバーした後にこれは良くない。結局それは走りでカバーするしかない。


ガッカリのせいでもないが、あまり深く考えずまま、体は自然と遠回りであるピレネー越えへ。
ま、予約済みの船旅までは無事こなせた。ここからは、ある意味フランクフルトへの帰り道だ。
とりあえず、そんな報告も兼ねて家にTELする。
特に心配されてる様子はなく、羨ましがるでも、怒っているでもなく、、チビは遊びに行ってるとのこと。。

さてこの旅、サンマリノ、バチカンに続き、3国目の小国アンドラを目指す。
この国はスペイン側とフランス側から道が1本突き抜けているだけ、もしもの場合はどうなるんだろう。
そして、山脈の真っ只中に大都会が、、綺麗で金持ちな国だ。


さらにフランス側へ進めば一気に標高が上がり、なるほどここはスキーリゾートの国か。
トンネル料金所のオヤジに、これでもか!というぐらいのグーサインを出され、やや苦笑い。
この道はライダーも多いし、ツーリストにはどうも優しい国柄のようだ。


この山越えでフランスに入りとなり、小さな街の食堂で飯とする。
日本のフレンチは、チョッピリしか出てこないのに、ここのは腹一杯コース。
このデザート、めちゃうまいから、無理して食う。


ハラ満タンで、青い空と白い雲、幸せな気分が続く。
かる~く昼寝などもしながら、理想的なツーリングルートが続く・・・。
が、、気ままに走ってしまったツケは思いのほか大きかった。。


山を下り、高速近くまで来たところで夕方5時。
↑LYON400km↑を見つけて茫然、、無理。。ヘトヘト。。。
とりあえず、上道に入り、サービスエリアにて確認するが、単純に1日分の距離を残している。。
こりゃ、今日は日没時点の町で泊まる決断しかない。。

そんなことをダラダラ考えてたら、あっという間に18時。。
とはいえ、いくらかでも走っておくべきであり、とりあえずはレッドブルを飲み。
そして日本から持参したブラックブラックガム&今回初のウォークマンガンガン作戦。

あの場面は今でもリアルに思い出せる。
エンジンを掛け、本線へ加速中の1曲目、ストリングスが豪快に鳴り、
アニメワンピースのテーマソング、ウィゴー!

”俺たちは~ここま~で来たぜ~、俺たちは行く、夢のありかへ”

あらら、ウルル。。今回はここで感極まってしまった。。
ただ、感傷も束の間、、なんじゃこりゃ?レッドブルが異常に効いてる!このまま行けるのか?
機敏にかつスムーズに車線をスキップし、カードライバーに負担を掛けないお手本のようなライディング。
今となれば、たった一曲分の時間にも思える一気400km/3時間で、空に薄明りが残るリヨンへ滑り込みセーフ。。


なんとも、山超えを含め1日700kmオーバーとは無茶な話だ。
それはまったく余裕の無い旅で、褒められたものじゃない。。

地球の歩き方ヨーロッパ編のリヨンのページは薄い。
ただ、食通の街であり、地図には「レストランの多い通り」と雑に示されている。
これだけが俺を無茶させた理由だ。

とりあえず手近なホテルに入り、レストランの通りへ。
さほどの賑わいがあるわけじゃないが、、ん~。。

まずは前菜に、理解できるもの、、サーモン。
メインは、、ん~どうもフランス語はわからん。
これ何?レバー?フォアグラ?牛の?
これは兎のレバーです、ベリーグッドです。とのこと。。


こりゃまいった。うまい!いわゆる”死ぬほどうまい”というやつに出会ってしまった。
7mm厚のステーキ程の大きさ、口触り良くほどほどの歯ごたえ、バルサミコ、飴色の玉ねぎ、なんとも深い。
ま~たこれが赤ワインと合う。付け和えのジャガイモとも合う。
なんとかこれを日本で食えんものだろうか。。


で、濃厚なカマンベール、ムースショコラ。。
満足、限界、超越、
700km以上を走ったPM11時、めちゃうまいから、無理して食う。


 

海外バイク旅のウンチク(その7)

 今回の旅では、ヨーロッパならではの小国、サンマリノ、バチカン、アンドラが何なのかを見たかった。
 極論すれば、周辺の強国に都合の良い観光地、経済特区みたいなものになっている。そこには当然ヨーロッパならではの歴史文化がある訳で、それなりの街並みを残しているが、基本的には都市化しており、どれも裕福な国だ。
 初回EUで行ったモナコなんてはその典型だ。あとはリヒテンシュタインを残しているが、スイスとオーストリアの間にあるということで、だいたい想像が付く。
 いずれにせよ、ローマ帝国からの歴史の中で、皆うまいことやってきたということであって、その面子や立場はわからないが、とにかく経済的には恵まれている。
 
 一方で、今回前半に回ったスロベニア等、旧共産・社会主義圏のEU化。それらもまた、周辺の強国に都合の良い観光地等となり、経済成長重視、都市化の動きにあるのだろう。
 あと、これらとは別の立場にあるとすれば北欧か。前回EUでデンマークの一部は走り流したが、未だ自分の中での理解には至っていない。
 そして、当然のことながら、イギリス、フランス、ドイツ等の強国。それらでこのEUは構成されている。
 
 しかし、日本は明治維新の開国から数十年で、何故そいつらと同盟を組めたのだろう。何故そいつらと戦争したのだろう。
 そのへん、もう少し学生時代に勉強しとけばよかったか、とも思うのは歳だろうか。自分は日本史・世界史ではなく、地理を選択したので、受けれる大学が少なかった。でも今、この楽しみに辿り着いた上で、それはかなり役立っている。
 その国はどこにあるのか、平地なのか山なのか、首都は、気候は、産業は、交通は。。やはり地理の選択で正解だった。というか、既に興味があったから選択したのだろう。

 そういう意味で、親は子に勉強しろと言うのだろうと実に感じる歳になった。それだけで、自分の人生の先にできることの幅と奥行がぜんぜん変わってくる。何よりその先に選択肢が無いというのはなんとも痛く、自分の子に対してはかわいそうな話だ。片言英語にさえ抵抗感があるなら旅にも出れないじゃないか。
 ただ、ま~それは大変微妙な話でもあって、小学校から私学に入れたからといって、何とかなるものでもない。
 というよりも、まずは日本の社会の雑多な中で、自分の興味や適性に気づいて初めて伸びる可能性が生まれるのであり、そんなこんなで当面ウチのチビは近所の公立小学校でツレと遊んどけばいいと思うし、事によってはイジメられても、宿題しなくてもいいんじゃないかとも思う。
 でなきゃ、バイクで海外に走り出すなんて選択肢にも辿り付かないだろう。
 但し、いずれはそれに気づいてもらわなければならない。特に男は。
 自分は何がしたいのか、そのために何をしなきゃならんのか、他人はどう見てるのか、自分の自信は本当か、それを判断できなきゃならん。
 皆きっと、それを実現させようと生きている。大人になって楽しめていればほぼ成功としよう。だから男は遅咲きでかまわない。というかそれしかない。
 ま、自分のどれだけチビの面倒を見れるかわからないが、もしもの時には、この旅日記がチビへの全てになるんじゃないかとも思う。